わたしは飲食店でアルバイトをしているのですが、今日、素敵なことがありました。

とあるお客様。お父さんとお母さん、そしてお子様お二人。
お子様はとっても可愛らしい女の子2人の姉妹。

 そんな可愛らしい姉妹のお二人からおんなじお子様のセットをご注文頂いたのです。
 お子様のセットにはおもちゃがついています。
 わたしは特に気にせず、姉妹のお姉ちゃんへ先におもちゃの入っているかごを向けて「おひとつお選びください」と言いました。
 そうしたらお姉ちゃんは「わたしからじゃないの」といって妹ちゃんを指さしたのです。

その後、妹ちゃんにおもちゃをお渡ししてからお姉ちゃんにおもちゃをお選び頂いたのですが、それがとっても嬉しそう。
 2人が選び終わると姉妹は2人で目を合わせて嬉しそうにお互いニッコリ。

 お姉ちゃんの行動を目の当たりにして、正直心底びっくりしました。こういうことをさも当然に言ってのけるお子様をわたしは初めてみました。
 なんてしっかりした子なんだろうと思う反面、この子お母さんに日々言い聞かされてるのかなあ、怒られるの怖いのかなあとか色々と考えたのです。

 しかし、彼女たちのお互いの微笑みを見て、そんな疑念はふっとんでしまって、この子たちは本当に仲がいいんだとただただときめかされました。

 こういうことが自然にできるようになるとは思えませんし、やはりご両親の躾の賜ではあるでしょう。
しかし、それがただの押し付けではなく、自然な動きとして子供たちが行動できるようになっているというのは彼女たち(というかお姉ちゃんに)思いやりの心が芽生えていたからではないか、とわたしは見ていて思いました。
 思いやりとは、相手をいたわる力であり、それは相手を愛する力の延長線にあるものです。
お姉ちゃんは、親御さんにしつけられる――「ああしなさい」、「こうしなさい」というその言葉を理解するという次元とは違うもっと根本のところで「妹を大切にする」という思考、つまり「妹を愛おしむ」という考え方を体得しているように思えました。

 彼女はそういった自分ではない「他者」を大切にするというよく躾でいわれることを、知識として「知る」だけではなく、まさしくそれを「経験」をして自分の力としているのです。

 まだ小学生の低学年かそれくらいの子でしたが、その年代でそれを体得し、実践までしてしまっている彼女は周りよりももしかしたら大変かもしれない。
 でも、その分、他者を愛するという幸せを少し長く享受できる。
 彼女の成長が楽しみです。どうか幸せになってほしい。