『クジラの子らは砂上に歌う』は梅田阿比さん作の漫画作品です。

砂の海に浮かぶ泥クジラを舞台にそこに暮らす人々の運命を描いた作品。

秋田書店より刊行されていて、201710月にはアニメ化もされました。


アニメのオフィシャルページはこちら


〔あらすじ

泥クジラでは情念動(サイミア)と呼ばれる超能力の持ち主・印(しるし)と力を持たない無印(むいん)が手を取り合って生活をにしていました。

印は無印よりも短命で30歳前後で寿命を迎えてしまいます。

そんな事実を受け入れながら、泥クジラの民たちは毎日を過ごします。

主人公のチャクロは泥クジラの記録係で、書く衝動を抑えられないハイパーグラファイア(過書の病)であると同時に印の力を使いこなせないデストロイヤー

ある日、チャクロたちは泥クジラを出て偵察に出る。そこで1人の少女・リコスに出会うのだった


先月20201116日に最新18巻が発売され、物語も大きく盛り上がってきています。


巻数も重なり、登場人物も最初の頃よりも増えてきました。

ところで皆さんはこの作品の中で一番好きなキャラクターは誰ですか?

圧倒的な力を持っているオウニ?

優しくも強い心をもったスオウ?

みなさんそれぞれで思い入れのある人物がいることかと思います。


わたしは誰かというとサミです。


本記事では『クジラの子らは砂上に歌う』に出てくる登場人物・サミに着目して感想を書いていきたいと思います。


最新18巻迄のネタバレを含む内容となりますので苦手な方は閲覧されないことをおすすめします。






サミとはどんな人物?




『クジラの子らは砂上に歌う』の主人公であるチャクロの幼馴染の少女。

チャクロと同じく印で情念動(サイミア)の持ち主。13才。

首長候補のスオウの妹。

情念動のコントロールは得意なようで、幼い印たちの指導役も務めていたりします。

明るく、天真爛漫。人に愛される可愛らしい少女であることが漫画からは読み取れます。



サミとチャクロの関係


サミがチャクロに対して想いが強かったことは1巻の随所でわかります。


ベニヒの砂葬や偵察時はもちろん、普段の生活の大半の時間を2人はいっしょに過ごしているようで、チャクロを呼ぶときの表情は本当に嬉しそうです。



ホシボシバッタの観測の際にチャクロが自身の砂よけマントをリコスに貸した時には、嫉妬なのかいてもたってもいられずチャクロにだっこをねだったりもします。

(チャクロは照れてしまって、重いからしたくないと断ってしまいます)





サミの最期


特筆すべきはサミは最初の帝国からの襲撃の際にチャクロをかばって被弾してしまいそこで亡くなってしまうこと。

サミはとっさに体が動いてチャクロを守っているようで、それほどにチャクロが大切であったことがわかります。



サミの魂と話す


2巻・第7節ではネリの手助けで命を落としていった人の魂の姿をチャクロは目の当たりにします。

そこでサミは生前の明るい笑顔のまま


「チャクロのお嫁さんになりたかった」


と言います。


チャクロは「俺も好きだった」と1巻ではうかがい知れなかった本心を話します。


 

彼の本心はここまであまりはっきりとした言葉としては語られていません。


読者はここで2人が想い合う特別な関係だったことを理解するのです。



泥クジラ公認の関係


公式ファンブックによると2人の仲は泥クジラ公認のものだったようで、チャクロにとってもサミはとても大切な存在だったようです。

幾度となく2人は周囲からの冷やかしにあうのですが、それでも2人は距離をおくことなく一緒に居続けた。

思春期の少年少女の精神を思うとこれはけっこうすごいことかもしれない。


チャクロはスオウからサミの遺品である髪飾りの一つを貰います。



兄である人から遺品を託されるほどに、サミとチャクロの関係は公然の事実だったんですね。




サミの死、以後


サミの死はかなり序盤で起こる事件で1巻の最後で描かれます。

それ以後、18巻まで刊行された今でもサミのことが言及されるシーンが多くあります。

その一部を紹介したいと思います。


オリヴィニスとの対峙


帝国の戦艦スキロスでオリヴィニスという存在

(オリヴィニスがなんなのかということは詳細はよくわからないのですが、ヌースの核のようなもののようです。ヌースから表出したエマやネリと同じようなもの)

と対面した際にもサミが登場します。

オリヴィニスが見せた心の痛みのイメージとしてサミは登場し、問いかけます。


「チャクロ痛い?」(4巻・第15節)


オリヴィニスは悲しみの記憶の改竄による救済を持ちかけるのですが、チャクロは断ります。



「サミやタイシャさまたちやニビはもういない

けれど彼らが俺たちとここにいた

それこそが彼らの生きた証なんだ

忘れることなんてできない

痛みや苦しみすべてが俺たちの生きてきた記録だから」(4巻・第15節)


サミとの幸せな日々と彼女の死もひっくるめて乗り越えようとしていくチャクロの姿勢がまぶしいシーンです。

彼を形づくる大きな要素としてサミは描かれていることがわかります。



スオウの願い


後に泥クジラの新首長となって民の指導者となるスオウは帝国襲撃以前から印を短命から救う方法について研究し続けていました。

初登場時点では17才。私たちの感覚ではまだまだ子どもです。


2巻・6節でスオウは横たわるサミの遺体と対面します。


「ずっと印の短命を直してあげたかった

私はサミや皆が私より先にいなくなるのが耐えられなかったから」(2巻・6節)




悲しみをおさえながらスオウはチャクロに自身の想いを吐露します。

スオウにとってサミは失いたくない大切な存在であったことがわかります。


その願いはどうやらスオウが幼いときからのものだったようで、

6巻・21節でスオウとサミの兄妹とチャクロ3人が小さな子どもだった頃のエピソードが回想されます。


小さなスオウは色々な仮説を立て、サミとチャクロがその検証を手伝います。

最後は大人たちに捕まって笑われてしまいます。

このときのスオウは10才には満たない外見。


17才のスオウはその人生の大半をサミたちを救いたいという気持ちで生きてきたのです。

きっとその願いは人間性を形成する根幹になりえたことでしょう。



マソオの死


マソオはチャクロたちの兄貴分の印の男性です。

自警団からスカウトされたほど情念動の能力が高く、周囲からも頼りにされています。

年齢は28歳で印としての寿命が迫っています。


8巻・第32節、物語上では砂刑暦 93年11月半ば、ついにマソオの命が燃え尽きる時がきます。

床につきながらも、魂のみで友・クチバに会いにいき別れを告げます。

最後は彼が恋こがれる女性・シノノと思いを通じ合い、永眠します。


彼の葬儀の際にも、チャクロはサミの名前を呼んで悲しみをあらわにします。


チャクロ「…今日は泣かないよ

俺 マソオさんみたいに 男らしくするから」

クチバ 「…かまわん 今日は泣け!」

チャクロ「連れていくからっ

マソオさんも サミもみんな…

だからスナモドリの日に泥クジラに戻って

誰もいなくても心配しないで

…ありがとう マソオさん…

また… 砂の海で……!


いつか終わりがくる命、特に印は短命ですからその残りの期間を常に意識して生きていることでしょう。

砂の海でまたもう一度会える、会いたい。

そういった気持ちが伝わってくるシーンです。


そして、そんな時に口にするのはサミの名前。

チャクロにとって失ってしまったけど、また会いたい存在。

死して失われてしまった者の象徴はやっぱりサミなのです



サミの髪飾り その1


サミのヘアースタイルは、2つのリボンのような飾りで頭の両側面の髪をまとめたハーフツインでした。

彼女が使っていた二つの髪飾りは前出の通り、チャクロとスオウがそれぞれひとつずつ持っています。


9巻・第34節でスオウが首長としてアモンロギアとの交渉に赴く際、

髪飾りが登場します。


アモンロギアの街中にある水路を船で移動しながら、

スオウはサミの髪飾りを結んだ左腕を見つめます。


「サミ… 見てごらん」(9巻・第34節)


その目はとても優しく、愛情に満ちあふれています。

アモンロギアの街並みが見えるように腕を高く掲げ、スオウはつぶやきます。


「…この光景を見られたはずの人たちが 泥クジラにはたくさんいた」


それをきいてクチバはマソオを思い出します。

長老会の男性は帝国襲撃の際に命を落とした同じく長老会の無印の男性・ハクジの名前を口にします。


それぞれが自分にとっての大切な人を思い浮かべます。


スオウは首長ですから、もちろん泥クジラで命を失った多くの民のことを考えていることでしょう。

それでもやはり、腕に結んだサミの髪飾りからわかるようにスオウにとってのサミは守りたかった特別な存在だったのです。


サミの髪飾り その2


最新18巻でもサミの髪飾りが登場します。

18巻で登場するのはチャクロが持っているもの。

戦艦・カルハリアスとの闘いが終わって訪れた平穏の中、

チャクロはひとりたたずみます。

砂の海が目の前に広がるその場所はおそらく泥クジラの末端にある農園。

サミが帝国兵から被弾して命を落とした場所です


チャクロはスオウから託されたサミの髪飾りを手に自分の役目について考えます。


「何もかもあきらめたわけじゃないよ サミ」


旅を続ければ待っている

きっと新しい「何か」が」(18巻・74節)




この時、彼らの暦では砂刑暦9442日。

物語は砂刑暦9372日から始まりました。

私たちと同じく1年を12の月として考えているのであれば、サミの死から9ヶ月半程度。

『クジラの子らは砂上に歌う』は20137月から1話が発表されてから6年半程度連載が続いています。

私たちにとっては何年もの時間見てきた話でも彼らにとっては1年にも満たないのです。

大切な人の死から立ち直るにはあまりにも短すぎる時間、チャクロたちは悲しみを噛み締めながら賢明に生きていたのです。



まとめ


サミは物語上では序盤で命を落としてしまう特に短命なキャラクターのひとりです。

しかし、それでも存在感は大きく、この作品のヒロインであり続けています。

(と、少なくとも私は思っている)


本記事でとりあげた箇所というのはほんの一部で他にもたくさんサミの残り香を感じるシーンが多くあります。

そういったシーンを見るたび、いかにサミが大切にされているか驚いてしまうんですよね。


そうやって繰り返し思い出さなくてはならないほど、

チャクロにとっても、スオウにとっても、サミは大切な存在だった。


個人的な話になりますが、

私はサミのことが本当に大好きで長く1巻の先を読むことができませんでした。


あまりに辛くて、サミの死の先を見ることができなかったんですね。

それでも勇気を出して先を読んでみると、

こうやってサミが本当に大切にされながら描かれていることに気付きました。


チャクロが言うように、悲しみも含めて人は生きていかねばなりません。


これからもずっとサミのことを悼んで私は生きていくと思うのですが、

それを見ないようにすることはやめようと思います。


『クジラの子らは砂上に歌う』、素敵な作品です。

これからも続きを楽しみに読んでいこうと思います。


梅田先生このような作品を世に送り出してくださりありがとうございました。