長田悠幸さんの「キッドアイラック!」を読みました。
珍しい「大喜利」をテーマに据えた漫画です。
これがなかなかどうしたものか非常に非常に素晴らしい作品でした。




一巻の表紙に描かれているのが主人公・矢追金次郎くん。あだなは「やおきん」

傷だらけの顔面を見ていただけばわかる通り、暴れん坊の不良くんです。
そんな彼が、一生懸命、大喜利を勉強しようとするというのがこのお話のおおまかなお話の筋です。
なぜ、不良なやおきんくんが「大喜利」を勉強しようとしたのか?それは作品を読んで確かめてみてください。
読んでみて、無駄はない作品。
「大喜利」と「青春」を感じることができる熱い漫画なので、未読の方はぜひぜひぜひご一読を。

そして、ご一読いただきましてからこの記事の続きをごらんくださいませ
詳細にわたって考察しておりますのでお話の核心について記述しております。


それではお話について詳しく。
















◎登場人物

お読みいただければお分かりかと思いますが、登場人物の名づけの由来の大半が製菓メーカーになっています。各製菓メーカーの代表お菓子の画像とともにどうぞ。

・矢追金次郎(やおきん)
やおきん」が由来か。
 主人公。「怒れる金獅子」の通り名を持つ不良。人にわらわれることが大嫌い。
江崎とは幼馴染。
 引きこもってしまった江崎を笑わせるために「大喜利」に挑む。しかし、面白くない。すべる、すべる、すべる。
バカで一直線。仲間思いで、とにかく熱い。




・江崎久里子
江崎グリコ」が由来か。
 お笑いが大好きな女子高生。
亡父の「たくさん泣いてもいい、でもそのあとにめいっぱい笑いなさい」という言葉を大切にしている。これがお笑い好きに影響しているのか。
彼女にとって「笑い」は、他者とはまた異なった意味を持っていそう。
亀田に襲われ、引きこもりに。
やおきんのことがすき。

物語のヒロイン。



・明治
「株式会社 明治」が由来か。
やおきんの友達。
カツアゲされているところをやおきんに助けられたことがきっかけで仲良くなった。それ以来、「強い」やおきんにあこがれるように。
大好きな強いやおきんが、江崎の前だとふにゃんとなってしまうことに嫉妬。後、亀田に命じて江崎を襲わせる。

明治を見ているとファイブレインのヤンホモを思い出します。やっぱりこういう主人公大好き君は物語を鬼気迫るものにしますね。


・湖池やよい
コイケヤ」が由来か。
やおきんのクラスメイト兼大喜利の師匠。
じみーな女の子。しかしてその正体は人気お笑い芸人「浜宮」がMCを務める大喜利番組における伝説のオオギリスト「スパゲッ亭アラビアー太」。
彼女のネタが、どんぞこの精神状態にあったやおきんを救った。
ひょんなことから正体をやおきんに知られてしまい、師匠となることに。
 極度のあがり症であったが、やおきんとともに成長していきます。



・森永
森永製菓株式会社」が由来か。
お笑い研究部の部長。数々の大喜利番組でネタが採用されているはがき職人。
江崎に好意を抱いている。

突然ヒッチハイクで大阪に武者修行にいったりしてしまう、大喜利バカとしか言いようのない人物。
理知的なように見えるけど、感情的で、皮肉屋。
一言で言えば「いやらしい」性格。やおきんとは対照的な人物と言えます。
対照的でありながらも、江崎という好意の対象を通じてやおきんと強い接点を持っています。


・カルカルビー
カルビー株式会社」が由来か。
やおきんの友人。
大喜利の才能があり、一回目の投稿で採用される。
大喜利甲子園参加にあたって、やおきんのチームメイトとなる。













・樺谷(ばかや)
カバヤ食品」が由来か。
やおきんと喧嘩している不良。

何かとやおきんをきにかけてくれているわりといい人。

あだ名に「ばか」と入れられるほどですが、本作の中ではかなり大人びた雰囲気を持つキャラクター。バカと言われながらも、一番バカではない、少し浮き上がった立場から物語をけん引していく力を持ったキャラクターです。




・亀田
亀田製菓」が由来か。
江崎を襲った犯人。明治から命令を受けていた。
樺谷の舎弟。









これらがキッドアイラック!の登場人物たち。
相関図に表わすとだいたいこんな感じでしょうか。















やおきんからの矢印は省略しています。
なぜかというと、やおきんからの矢印は大きくわけて、
A:江崎
B:それ以外
に分けられるから。
この物語の性質上、やおきんにとって江崎は別格の存在。
いくらコイケのことを師匠と慕っても、やおきんの根源には江崎という存在がいます。
最後の大喜利のシーンは象徴的ですよね。
やおきんはネタのすべてを江崎につなげる。
なぜかというと、大喜利を始めたのは江崎に笑顔を取り戻してもらうためだから。
このお話の中で描かれているやおきんに限っては、その根源に江崎を抱えざるを得ないのです。
このような言い方をしてしまうと少々やおきんが冷たい人間のように感じさせてしまいます。が、
そうではなくて、Aに対する思いが強すぎて、Bに対する思いも非常に熱いものであるにもかかわらず追いつかないという構図です。

また、江崎の矢印も省略しています。
これは江崎というキャラクターの特異性を表しています。
江崎は多くの人物(特に男性キャラクター)から様々な思いを向けられています。
にも、かかわらず、江崎はほぼ物語に登場しません。
なぜなら引きこもっているから。
引きこもって悩んでいる描写はされますが、その葛藤はやおきんたちとは異なった舞台においての葛藤です。
江崎は、この物語の発端かつゴールに設定されたキャラクターであるがためにお話の中で一層浮いた登場人物であるといえるのです。
それゆえにやおきん以外への江崎の矢印は淡泊なものになってしまうのです。

それ以外の登場人物たちを見てみると矢印がこの二人に集中することがわかります。
やおきんにとっては江崎以外であった人物
江崎にとってはやおきん以外であった人物
たちが、二人に各々強い感情を抱いているのです。
このことは、
 ・やおきん・江崎の人間的魅力が強いこと
 ・二人の絆が強いこと
を表しているといえるでしょう。

▽ヒロインは誰か?
このお話。ヒロインは一見、江崎です。しかし、本当にそうなのか?
キッドアイラック!はつきつめていえば江崎を救う話。
これはスーパーマリオのクッパにさらわれたピーチ姫を救うという話の流れと同一です。
マリオだと、明らかにピーチ姫がヒロイン。
この構造から考えると、やっぱり江崎がヒロイン。
でも、キッドアイラック!はそこまで単純化された人間模様を描いてはいません。

ここで注目したいのはコイケと明治。
前掲した相関図ご覧いただくと、江崎・コイケ・明治がヒロインくくりになっています。
なんでコイケはともかく、明治はなんで???って思われるかもしれません。

明治はやおきんに並々ならぬ憧れを抱いていました。
正確には、カツアゲされていた自分を助けてくれた「怒れる金獅子」であったやおきんですが。
明治はやおきん(怒れる金獅子)にあこがれるあまり、それを自分から奪いかねない存在「江崎」に対する嫉妬に燃えるに至ります。
やおきんのようになりたい、ということが明治の目標でした。
この目標を喪失させかねない危険人物が江崎です。
こう書くと明治は本当に利己的で最低な人物のように思います。実際そういう一面があるからこそ、江崎襲撃を命じることができたんでしょうが……
しかし、目標の喪失を防ぐ、というのはいささか動機としては弱いようにも感じます。
少なくとも、たとえやおきんが「怒れる金獅子」だったとしても、女の子を暴行するという非道な行為を命じる人間でないことは明治にはわかっていたはずです。
この行動は、やおきんという目標に向かっていく行動からかけ離れています。
この行動を納得するには、明治がそうせざるをえない強い感情--つまり、やおきんに対する強い独占欲、愛情を持ち合わせていたといわざるをえません。
ここに恋愛をあてはめることは危険ですが、明治にとってやおきんのつながりはいわゆるホモ・ソーシャルなのであって、通常の友人関係よりも強い感情を求めずにはいられないものだったのでしょう。
つまり、江崎襲撃という本作の構造を作るに至った事件の根底にはこの失恋にも似た感情が潜んでいるといえるのです。明治には、ヒロインになりかわりたがりながらもヒロインになれなかったヒロインもどきとしての性質が付与されていることに気づきます。

コイケさんはどうでしょう。
彼女は、物語に関与することができない江崎に代わって、話に関与することになる人物です。
師匠と弟子という関係性でありながらも、お互いに成長し、最終的にコイケはやおきんに好意を抱くに至ります。しかし、その思いをつげることはありません。
コイケさんは、ジョジョ第二部でいえばリサリサの位置でしょうか。
師匠という性質から主人公を先導し、乗り越えられていく存在としての役割です。
しかし、ここで問題なのはコイケ自身がやおきんに惹かれていくこと。この時のコイケは師匠でもなんでもなく、やおきんのクラスメイトである一人の女子です。
コイケさんは、伝説のオオギリスト、クラスメイト、師匠という様々な要素を持った人物です。
全く違う要素をもつことは、各要素によって物語に関与する役割が異なってくることを示します。
コイケは伝説のオオギリストとしてやおきんをすくい、オオギリストたちのあこがれの的となり、一人の女子としてやおけんに好意を抱くのです。
このようなことから、コイケ自身にもヒロインとしての素質をかんじるざるをえません。
コイケも明治と同じようにヒロインと断言することはできないけれど、ヒロインもどきとしての性質が付与されていることに気づきます。
つまり、この物語にはヒロインの性質をもった、ヒロイン候補が3人いると考えられる。


図を見てもらうとわかる通り、やおきんをめぐって熾烈な争いが繰り広げられている。

明治はやおきんと江崎の関係に勝負を挑みます。
コイケはふたりの関係の深さを知り、自分の好意を告げずに身を引きます。
そして江崎はやおきんと結ばれる。
この3人のヒロイン候補のたどった道がどれもうまい具合に被らずに差別化されていることに気が付きます。

比較してみても、江崎の存在がどれだけ絶対的なものなのかがわかると思います。
だからやっぱりこの物語のヒロインは江崎なのでしょう。しかし、ヒロインという言葉では足りない、キャラクターの強さがあります。彼女はヒロインでありながら、この物語の方向性を決定する女神として君臨しているともいえるでしょう。
お話の過程で大きな役割を果たすコイケは、やおきんと結ばれることはなくとも十分ヒロインでありえました。いわゆるサブヒロインであったといえるでしょう。
明治は同性でありながらも、やおきんにあこがれーー強い愛情をいだきます。やり方は最悪だったけど、彼も十分ヒロインになりえました。いわゆるダークヒロインというやつでしょうか。
このように3人は一様にヒロインでありながらもそれぞれが異なった役割を与えられているのです。
(やおきんを思っていた相手としては樺谷の存在が大きいのですが、これはまた別の機会に……。)

そして、ヒロインが乱立することによって二人の関係はより試練にさらされることになります。しかし、二人はその試練を乗り越えていく。お話上、二人の関係は強調され、その関係性もより強固なものへと上り詰めていきます。うううむ、素敵だなあ。

やおきんという一人の男を巡って、3人の人物がそれぞれ異なった感情を抱き、それが絡み合っていく。言ってしまえば簡単なことですが、長田先生はこの青春期の人間模様を非常に見事にとらえていらっしゃいます。秀逸という他ありません。

▽補足:やおきん→ヒロインたち
ヒロインからやおきんへの矢印は確認しました。でも、やおきんからヒロインたちへはどうだったのか?というお話。

江崎とは結ばれました。
しかし、他の2人へは??

まず、明治。
やおきんは明治が黒幕だったということを知っても、彼を見捨てることはありませんでした。
明治がしたことは、外道中の外道であり、報復されてのおかしくありません。
むしろ明治はそれを期待していた。そうすれば自分のあこがれである怒れる金獅子を取り戻すことができるから。
また、やおきんを怒れる金獅子であり続けさせようという行為は、江崎からやおきんを取り上げるという意味を持っています。これは自分から憧れの対象を奪う者への報復行為でもあります。
明治は確かにやおきんに対して並々ならぬ感情を抱いています。しかし、彼の感情を江崎とコイケと同等の恋として考えるには、お話上無理があります。
なぜなら明治はやおきんと同性だから。このお話に適用されているルールはわたしたちが現実に生きている社会と同様です。まだまだ社会的には同性同士の恋には弊害があります。
やおきんと江崎の関係性を見てもわかるとおり、このお話は異性愛を軸に進んでいます。同性同士の強い愛の達成の段階には、異性同士の愛の達成に1段階プラスして困難が待ち受けているのです。
そこでまっすぐ気持ちを持ち続けられるか、否かは人物の人間性によります。明治の場合は後者でした。だからこそ、愛情表現が幼稚で歪んだものにならざるを得なかったのです。

こんな複雑な感情を抱いていた明治にやおきんは何をしてあげられたか。
それは彼を見捨てないという選択です。
明治は許されないことをしました。明治の思惑通り報復にでることは明治を見捨て、憎むことと同義です。しかし、やおきんはそうしなかった。大切な友人として許容したのです。これは、明治の強い憧れに応える行動ではありません。明治に「怒れる金獅子」ではなく、「矢追金次郎」自体の魅力を納得させる行為です。
明治があこがれていたのは、あくまで「怒れる金獅子」であり、「矢追金次郎」自身ではなかったのです。しかし、それは明治自身が思い込もうとしていたことです。彼をカツアゲから救ったのは、「怒れる金獅子」ではなく、「矢追金次郎」自身です。喧嘩をしてもしなくても、やおきんは根っこのところでは全く変わっていないのです。バカで、単純で、でも仲間思いな「矢追金次郎」でしかなかったのです。

嫉妬と、同性に強い愛情を感じている自分自身へのある種の気恥ずかしさでしょうか。そんな思いが混ざり合って自身の感情をうまくコントロールすることができなかった明治を、やおきんは「見捨てない」。このように、変わらずまっすぐで居続けるやおきん自身に触れることで、明治はその魅力に納得せざるをえなくなります。
やおきんと江崎が最初から両想いであったのと同様に、明治も最初から「怒れる金獅子」ではなく「矢追金次郎」が好きだったのです。
明治も根っこのところでは変わっていないのです。このような複雑な感情をやおきんは窺い知ることさえなかったでしょうが、無意識に明治を導く形になっています。
江崎のことを考えると複雑だけれど、少なくとも明治にとってやおきんはよりかけがえのない存在になったのだと思います。


次にコイケ。
彼女とやおきんは師匠と弟子の関係。
師匠は教え、授ける側。
弟子は教えられ、授けられる側。
しかし、時にこの関係は逆転します。
コイケは伝説的オオギリストでありながら、極度のあがり症
一方やおきんは、おもしろくないけどどこでも堂々としている
この二人はうまくお互いの欠点をフォローしあう関係でした。
だからこそ、師匠弟子の立場が逆転しやすかった。
明治とは違って、コイケとの関係は非常にシンプルです。
やっぱり師匠と弟子の関係。そして大喜利という情熱を燃やす対象に向かう同志。
江崎のように恋愛関係で結ばれることはなかったけれど、江崎とは違うところで強い結びつきを持つに至ったのです。
もしかしたら、将来的には江崎がコイケに嫉妬をしかねない愛の形であると思います。

このようにやおきんは江崎以外のヒロインたちの気持ちにも応えていることがわかります。
でも江崎、コイケとはポジティブな関係として結ばれたのに対して、明治は複雑な関係として終着……。黒幕としての運命だなあ。かわいそうだけど、しかたないね。
こういうやりきれない関係も描かれるからこそ、この作品は面白いんだよね。

でも、やっぱり、ううん、やおきんいいやつだなああ!!!!

☆おまけ:舞台
やおきんが通う高校が「東鳩高校」
樺谷が通う高校が「三幸高校」
どちらも製菓会社ですね。徹底しています。
なぜ、こまで製菓会社だったのかは謎ですが、面白いですね。
TOHATOのソルティおいしいから大好きです。


とりあえずこの辺で今回の考察は終わり。
でももっと言いたいことがたくさんある……!
それくらい、キッドアイラック!は構造がしっかりしている。
大喜利漫画としても、青春漫画としても素晴らしいです。
名作に会えてよかった。
その一言につきます。